昔は滋賀のたいていの家庭で自家製ふなずしが漬けられていたように、鮒寿司は滋賀県民の身近な郷土料理ではありますが、庶民の味であっても、伝統に基づいて製法を極めたいくつかの名店が存在します。
中でも有名なのが滋賀県高島市マキノ町にある魚治。創業は1784年(天明四年)と古く、その味は創業より230年以上の現在においても代々引き継がれています。では、魚治がどのようなお店かを解説していきたいと思います。
二冬を越す手間暇かけた伝統の製法
ふなずしは通常初春に琵琶湖で獲れたニゴロブナをその日の内に塩切して、本漬けの間まで塩漬けにて熟成させます。
その後、梅雨明け頃の夏の土用の時期に、ごはんと一緒に塩切したフナを本漬けして、その年の冬まで熟成させて、年末や年明け頃に取り出して食べます。
なので、およそ10か月くらいかけて作り上げるのですが、魚治のふなずしは本漬けの期間が長く、二冬をかけて発酵熟成させます。
湖北は非常に多くの雪が降り積もる豪雪地帯で、冬の寒さも厳しいものがあります。そのような冬の寒さを生かして低温熟成という方式で二冬を越す製方が魚治のふなずしの特徴です。
木桶仕込み
昔は菌が住み着いた木桶でふなずしを漬けていましたが、最近はプラスチックの桶を使っているところが多いと思います。
木桶を作る業者がいなくなり、他の製造者同様に魚治も半世紀前からプラスチック製の桶を使うようになっていました。もちろんプラスチックの桶に菌が住み着くことはできず、代々引き継がれてきた魚治の菌をふなずしの乳酸発酵に使い続けることができません。
そこで魚治では、プラスチック桶を利用している間も、それまで代々長年に渡り利用してきた木桶を分解して、プラスチックの桶に用いる蓋として利用し続けることにより、その蓋に菌の住処をつくって200年にわたる味を守り続けてきました。
しかし魚治はついに2015年に、半世紀ぶりに木桶仕込みでの鮒寿しを作りを復活させました。木桶業者の廃業が続く中、大阪堺市にある藤井製桶所は、日本で唯一現在においても大桶を造ることができる言わば日本最後の木桶屋さん。2代(約半世)ぶりに木桶仕込みを復活することができたのは、この大阪にある木桶屋と出会えたからでした。
魚治の乳酸菌
ふなずしづくりと菌は切っても切れない関係ですが、魚治の鮒ずしは、代々約二百年以上も受け継がれてきた乳酸菌で熟成させています。
そのために、ふなずしを樽漬けして管理する蔵には、家族以外は入室することができません。
昔使っていた木桶を分解して蓋に利用して菌を引き継ぐ工夫の他にも、過去に蔵の改修を行った時は、一気に蔵を全て解体するのではなく、時期を変えて蔵の半分を改修して、その後また時期をずらして、残りの半分を改修することにより、長年住み着いた菌を絶やさないようにして現在にも受け継いでいるなどの徹底したこだわりです。
魚治とえいば遠藤周作
昭和63年ごろ、氏が京都に訪れた時に、ふなずしを目当てに魚治に訪れて以来、氏は毎年魚治を訪れるようになりました。
もともと料亭だった魚治は、6代目が平成2年にお店を改築して旅館+販売店という形でリニューアルしました。その時に、6代目が遠藤周作氏に店の名づけを依頼したところ、いくつかの候補の中に湖里庵がありました。
もちろん皆さんご存知の通り、氏がエッセイ等で用いていたペンネームが狐狸庵先生ですね。氏の作品には幾度となくふなずしや魚治が登場します。
皇室御用達のふなずし
昭和天皇はこの魚治のふなずしを大変お気にめしておられたようで、また同様に今上天皇も滋賀への御巡幸時には魚治へお立ち寄りになられることがあるとのことで、皇室御用達のふなずしとなっています。
ふなずし懐石
遠藤周作氏が名付け親の湖里庵は、一日一組限定の宿となっており、鮒ずし懐石が有名です。
遠藤周作氏から、魚治でしかできない事をしなさいとのアドバイスをもらった6代目が、京都で学んだ京料理を工夫して生み出した近江会席を、鮒ずし会席として発展させ生み出しました。お昼のコースなら8,000円からいただけます。
美味しんぼにも登場
滋賀以外の他府県の人がふなずしに興味を持ったきっかけとして、美味しんぼで知ったという話は良く聞きます。
実際に美味しんぼの5巻と60巻に鮒ずしの話が登場します。
5巻/第5話:臭さの魅力
日本とフランスの食文化比較において、ふなずしを食べることによって、両国の食文化を認め合う、というような内容のストーリーです。
この回には魚治が登場して鮒寿司を作る工程やお茶漬けにして食べるシーン等も描かれています。
60巻/第3話:釣りvs動物愛護
食と環境問題をテーマに、琵琶湖の開発に伴い水質悪化や環境破壊、外来魚のブルーギルやブラックバスの繁殖で琵琶湖固有種のニゴロブナ激減の現状を解説しています。
この魚治に限らず、美味しんぼには実際にたびたび実在するお店が登場しますが、美味しんぼにふなずしが出てくること自体がすごくうれしいですね。そのストーリーに出てくるお店が魚味ということが、魚治のすごさを表しているのではないでしょうか。
お店情報/湖里庵
魚治ではふなずしを販売しており、湖里庵は魚治が運営する宿泊宿です。
魚治(うおじ)
- TEL:0740-28-1010
- 住所:滋賀県高島市マキノ町海津2304
- 営業時間:9:00~18:00
- 定休日:火曜日
- ¥5,000~¥5,999
湖里庵(こりあん)
- TEL:0740-28-1010
- 住所:滋賀県高島市マキノ町海津2307
このように歴史とこだわりの製法でふなずしを230年もの間作り続けてきた魚治のふなずしを一度食べてみたいとはおもいませんか?遠藤周作氏がたびたび訪れていた湖里庵にも、実際に宿泊して、ふなずし懐石と湖北の風情を味わってみたいものです。