「ふなずし」を見聞きしたことはあるけど、食べたことは無い。そんな人は多いと思います。では一体ふなずしとはどのような物なのでしょうか?世間一般のふなずしのイメージは、
淡水魚のフナを発酵させた凄く臭い滋賀の郷土料理
という感じかと思います。では実際にふなずしとは何なのかを詳しく解説していきます。
ふなずしとは何か?
ふなずしとは、琵琶湖に生息するニゴロブナを用いた熟れ鮓(なれずし)です。
「熟れ鮓」の「熟れ」とは、その名の通り〝熟成した”という意味で、主に魚等を塩と炊いた米で乳酸発酵させた食べ物のことです。
通常私たちがイメージする寿司は、酢飯の上に魚の生の切り身を乗せて握った握りずしですが、なれずしは、数か月から長いものでは数年間、ごはんと塩で漬け込んだ魚を乳酸発酵させることにより酸味を生じさせ、pH(ペーハー)の低下で雑菌の繁殖を防ぎながら、タンパク質が分解されることにより生ずるうま味成分であるアミノ酸が生成されて、おいしい食べ物となります。
寿司・鮨・鮓 の違い
ふなずしを理解する上で、この3つのスシ表記の違いをしっかり理解しておく必要があります。
「すし」には「寿司」「鮨」「鮓」の表記があり、いずれも「スシ」と発音し、歴史的には、鮓・鮨・寿司の順に古い表記とされています。
鮓
「鮓」とは、魚を塩やご飯で漬けて発酵させ、うま味を引き出し且つ長期保存を可能としたなれずしの事です。
発酵すると酸味が生じ酸っぱくなるので、「酸い(すい)」→「酸し(すし)」→「鮓」となったといわれています。
ふなずしはまさにこれにあたり、「鮒鮓」と表記されることもあります。
このようなことからも、なれずし(鮓)が、現在の握りずしの原型でもあり、ふなずしが日本最古の寿司と言われる所以でもあります。
鮨
「鮨」とは、主に握り鮨や棒鮨や押し鮨等のように、なれずし(鮓)以外のすしのことを指し示します。
現在の私たちが一番親しみのある握り鮨は江戸発祥でもあることから、「江戸前鮨」等と表記されることはありますが、「江戸前鮓」の表記はみかけないかと思います。それはこのような理由からです。
寿司
日頃私たちが一番目にするスシの表記は「寿司」ではないでしょうか。この寿司という文字は、江戸時代に縁起を担いで作られた当て字と言われています。
その文字の意味通り、寿を司る(ことぶきをつかさどる)ということは、お正月やまつりごとや神事等のめでたい時等にお寿司が食されるという事にも関係しています。
ふなずしは日本最古の寿司
日ごろ私たちが食する握り寿司は、そのルーツをたどると、東南アジアから稲作とともに伝わった発酵食品であるなれずしにたどり着きます。
この東南アジアから伝来したなれずしの製法が、琵琶湖を有する近江の地方を通過する際に、琵琶湖にたくさん生息していた鮒をなれずしとして食す料理方法として生まれて、滋賀に根付いたと言われています。
そのようなことからも、ふなずしは現在に至る握りずしのルーツとして、日本最古の寿司といわれています。
ふなずしと寿司の関係
鮓/鮨/寿司の違いでも説明したように、ふなずしは、皆さんがイメージするあの握り寿司とは全くことなる食べ物です。
ではふなずしと世間一般の握り寿司はどのような関係なのでしょうか?
東南アジアで生まれたなれずし
私たちが普段口にする握り寿司は江戸時代に生まれ、この握り寿司の元となるなれずし発祥の地は東南アジアと言われています。
なれずしは東南アジアの山岳盆地で生活していた水田農耕民族が、川魚等の淡水魚を貯蔵する為の保存食としてあみだされました。
川魚等は特に季節性が強く、特定の時期に大量に獲れるのですが、全て食べきれない量になってしまうので、それを冷蔵庫等の無い時代に長期保存する必要がありました。
実際に今でもタイやミャンマー等の山岳地帯には様々ななれずしが漬けられて食されています。
日本に伝来したすし
「すし」という言葉は、なんと今から1,300年も前の奈良時代の木簡にも記載されています。ここに記載されていた「すし」とは、現在の握り寿司のことではなくもちろん「なれずし」のことです。
東南アジアの山岳盆地で誕生した保存食のなれずしは、中国大陸から朝鮮半島を経て日本海を越え、若狭湾あたりにたどり着き、日本に伝わってきたと言われています。
若狭湾までくれば、もうすぐそこが琵琶湖であり、若狭と奈良の間に位置する琵琶湖は、必然的になれずし伝播のルートとなります。
なれずし→生なれずし
奈良時代にはすでに国内には伝わっていたなれずしが、室町時代には「生なれずし」に進化します。生なれずしとは、ごはんや粟等の穀物は発酵しているが、魚はまだ生々しい状態の物を食するものです。なれずしは数か月から1年等のように長期間漬けこみますが、生なれずしは2週間から1か月ほどで発酵過程を切り上げます。ご飯には発酵過程で酸味が程よく付いているので、普通においしく食べることができます。
なれずしのごはんは、ほぼごはんの原型を留めていないので、それを全て食べることはないですが、生なれずしは発酵させた魚と一緒にこのごはんの部分も食します。
なんとなく現在の握り寿司に近づいてきましたね。「すし」は、保存食としての「なれずし」からはじまりましたが、「生なれずし」に進化することによって、料理という側面を持つようになったのです。
生なれずし→飯ずし
生なれずしは次に、すし飯の部分が増えた「飯ずし」へと進化します。今日のサバの棒すしや、鯛の笹寿司に似ており、ご飯の上に魚の身を押し付けるように並べて作ります。この段階の飯すしは、乳酸発酵させていることから、まだなれずしの一種です。
この飯すしの魚の身が薄くなって箱ずしとなりました。
飯ずし→早ずし→握り寿司
飯すしが食されていた頃、酢が広まり、熟成を早める為に用いられるようになり、早ずしが誕生します。早ずしとは江戸時代に生まれた寿司の一種で、酢飯に生魚の切り身を寿司種として乗せて握った寿司のことで、現在の握り寿司へとつながっていきます。
まとめると、
になります。このすしの進化の方程式を覚えておきましょう。
価格の高騰
ふなずし自体は滋賀の郷土料理であり、数十年前であれば、滋賀のたいていの家庭で自宅で漬けていました。昔は原料となるニゴロブナが琵琶湖で大量に獲れ、琵琶湖に流れ込む川をフナが遡上してきて、それを獲ってふなずしにしたりもしました。しかし琵琶湖の水質汚染や、内湖の干拓、湖岸堤等の整備により、フナの生息地であったヨシやマコモの群落が激減してしまい、フナが育ちにくくなりました。
またブルーギルやブラックバス等の外来魚が多く繁殖し、琵琶湖の生態系を崩した事もフナの減少につながっています。
実際に数値で見ると、1965年には琵琶湖のフナの漁獲高が1104トンもあったのですが、2015年には98トンと激減しており、この98トンの内、ふなずしに適しているニゴロブナは半分の49トンしかありません。半世紀で約10分の1となったフナの漁獲高は、そのままふなずしの価格に影響を及ぼし、かつては滋賀県民の庶民の味であったふなずしが、現在では高級な嗜好品となってしまいました。
フナの種類
ふなずしの原材料となる鮒にはいくつかの種類があります。昔から食されているのはニゴロブナですが、その他のフナもふなずしとして食されています。ふなずしと言えばニゴロブナなのですが、ニゴロブナは近年環境省が管理する絶滅危惧種リスト(レッドリスト)にもリストアップされており、年間漁獲高は半世紀で約20分の1までに激減してしまいました。
ニゴロブナ
ふなずしは基本的にはニゴロブナで作られます。
- ニゴロブナ/煮頃鮒/似五郎鮒
- コイ目コイ科
- 30cm程度
- 淡水魚
- 琵琶湖固有種
- 別名:イオ、マルブナ
ニゴロブナは琵琶湖の固有種で、琵琶湖や琵琶湖に流れ込む河川、用水路、琵琶湖周辺の池や沼に生息しています。
琵琶湖固有種のゲンゴロウブナ(源五郎鮒)に似ていることから似五郎鮒(ニゴロブナ)とよばれるようになりました。
ニゴロブナは琵琶湖にしか生息しない固有種ですが、最近では富山県や埼玉県でも養殖がおこなわれています。
ゲンゴロウブナ
ニゴロブナと並んでふなずしにされることが多い鮒です。
- ゲンゴロウブナ (源五郎鮒)
- コイ目コイ科
- 40cm程度
- 淡水魚
- 琵琶湖固有種
- 別名:ヘラブナ、カワチブナ、オウミブナ
ゲンゴロウブナは琵琶湖固有種ではありますが、現在ではほぼ国内中に生息しています。
ゲンゴロウブナとヘラブナは同じ個体とされていますが、正確には大正時代に琵琶湖に生息していたゲンゴロウブナの巨大変異種のみを選り好み、選択飼育して育て上げた飼育種になります。
ゲンゴロウブナは雑食性ですが、ヘラブナは植物性プランクトンを好んで食べる等の違いもあります。
ニゴロブナよりも獲れやすいことや、ニゴロブナと比較すると、ふなずしにした時に、背骨の硬さがニゴロブナよりも若干硬くなることから、ふなずしの食材としては、ニゴロブナよりも劣ります。
マブナ
通常安価で販売されているふなずしは、このマブナで作られていることがおおいです。
- 標準名:ギンブナ (銀鮒)
- コイ目コイ科
- 日本国内や朝鮮半島/中国など
- 30cm 程度
- 別名:ヒワラ/マブナ/ヒラブナ/フナ
上述のニゴロブナやゲンゴロウブナのように、琵琶湖固有種ではなく、国内や朝鮮半島、中国にも生息している為、安価なふなずしの材料とされています。ふなずしにされる際は「原材料名:マブナ」と表記されていることが多いです。
・背骨の硬さや味等で若干劣るのがゲンゴロウブナ。
・お手頃価格でふなずしを食べたいならマブナ。
琵琶湖近辺では、ふなずし以外にも様々な湖魚や川魚をなれずしとして食してきたので、ニゴロブナだけがふなずしだ!というわけではないですが、1000年にわたって琵琶湖の近辺で食されてきたふなずしの原材料はニゴロブナであり、本当のふなずしを味わいたいのであれば、多少高価にはなりますが、ニゴロブナのふなずしを食するのがよいでしょう。
ニゴロブナやゲンゴロウブナは絶滅危惧種
琵琶湖の水質悪化や、琵琶湖岸の埋め立て、ブルーギル、ブラックバス等の外来魚の繁殖等により、ニゴロブナの漁獲量は最盛期に比べて10分の1以下に激減しています。その結果、ニゴロブナだけでなく、ゲンゴロウブナまでもが、環境省の管理する絶滅危惧種リストにリストアップされています、
環境省絶滅危惧種リスト(レッドリスト)とは?
レッドリストを理解する上で整理しておかないといけないのは、国際自然保護連合という世界機関が制定したものと、日本の環境省が管理制定しているレッドリストの2種類があります。
環境省が定めるレッドリストは、日本国内に生息する野生の生物を対象としており、生物学的観点から絶滅危機の度合いをランク付けしてリスト化したものです。
ニゴロブナとゲンゴロウブナはこの環境省版レッドリストの「絶滅危惧種IB類」にリストされています。
絶滅 | 日本国内ではすでに絶滅したと考えられる種 |
野生絶滅 | 飼育・栽培下、あるいは自然分布域の明らかに外側で野生化した状態でのみ存続している種 |
絶滅危惧Ⅰ類 | 絶滅の危機に瀕している種 |
絶滅危惧ⅠA類 | ごく近い将来における野生での絶滅の危険性が極めて高いもの |
絶滅危惧ⅠB類 | ⅠA類ほどではないが、近い将来における野生での絶滅の危険性が高いもの |
絶滅危惧Ⅱ類 | 絶滅の危険が増大している種 |
準絶滅危惧 | 現時点での絶滅危険度は小さいが、生息条件の変化によっては「絶滅危惧」に移行する可能性のある種 |
情報不足 | 評価するだけの情報が不足している種 |
絶滅の恐れのある 地域個体群 |
地域的に孤立している個体群で、絶滅のおそれが高いもの |
絶滅危惧種IB類ということは「近い将来野生での絶滅の危機が高い」ということになります。最近では養殖のニゴロブナ等も出回っていますが、琵琶湖の環境が改善されない限り、天然のニゴロブナは絶滅して、天然ニゴロブナのふなずしは食べれなくなるかもしれません。
ふなずしの臭い
ふなずしといえば、あの独特の臭いですよね。あの匂いは、鮒が発酵していく過程で、タンパク質が乳酸発酵したことによる匂いと言われています。発酵食品に匂いはつきものですが、それらは熟成させる微生物が生み出し、腐敗を防ぐ働きをします。熟成時に生成されるものとしては、クエン酸、乳酸、プロピオン酸、酪酸、エタノール、アルミアルコール等で、さらに熟成が進むと、ふなのたんぱく質が分解されることによって生成されるアミノ酸が脱炭酸されてできるアミン類に独特の臭いがあるからです。
またこのアミン類の匂いに、鮒独自の魚臭さ等がまざることにより、独特のふなずしの香りとなります。
ふなずしには臭いに関する伝説やあるあるネタがたくさんありますので、ここではいくつかを紹介します。
本能寺の変がおこったのはふなずしのせい?
所説あり、真偽の程は定かではないですが、織田信長が近江の地に安土城を築いた時、徳川家康をもてなすため饗宴を催しました。
その時の接待役に命じられたのが明智光秀だったのですが、光秀は家康を丁重にもてなす為に、近江の名物ふなずしを用意しました。しかしこのふなずしの匂いがひどすぎて、信長の逆鱗に触れて、家臣含めた大勢の面前でひどく光秀を叱り付けたと言われています。この時接待役を外されて秀吉の援軍に従事するように命じられました。
これを恨んだ光秀が本能寺の変を起こした、とも言われています。
もしこの宴席にふなずしが供されていなければ、歴史はどうなっていたのでしょうか?滋賀県が京都や大阪のように、賑やかな街を有する大都市になっていたのかもしれません。
東京駅で販売されたふなずし
昔東京駅の売店でふなずしが販売されました。がしかし、1日に10個程度しかうれず、しかも買って行った人は全員滋賀県人だったそうです。
寿司が腐っていると勘違い
大津駅で買ったふなずしを食べようとしたところ、あまりにも臭くて腐っていると勘違いして、瀬田の唐橋から投げ捨てた。
電車の中で駅弁感覚でふなずしをたべていると
ふなずし、と聞けば、普通の人はサバずしみたいな感じの寿司をイメージする人も多いかと思います。そんな人達は、電車の中でお弁当を開けてみると、想像もしていなかったような匂いのふなずしが出てきて、腐っているようにしかみえないので、返品しようとしたとか、または電車の車両の中でふなずしを食べていたら、あまりの強烈な匂いで、その車両から誰もいなくなったとか。
あの山城新伍さんも大好物
今から20年程前、テレビで「明日地球が滅びるとして、今夜が最後の晩餐となるなら、何が食べたいですか?」という質問を多くの有名人にしていく番組がありました。そこで山城新伍さんが答えたのが「ふなずし」でした。その瞬間をテレビで見ていたのですが、やるなー、さすが。と思ったことがありました。